戊辰戦争で戦場となり、炎上した宇都宮城跡と、旧幕府軍の戦死者のお墓にお参りにでかけました。
初めに宇都宮城跡(昔は御本丸なんてみんなよんでいたらしい)にいきました。宇都宮市役所のすぐそばにありました。ちょうど今「よみがえれ!宇都宮城」というフラッグがJR宇都宮駅西口にあるように、宇都宮城はよみがえりの真っ最中でした。100年以上の時を経て、宇都宮にもようやくシンボルとなるお城が帰ってくるわけです。どんなものだろうと期待して歩いていると、予想以上に高いお堀が固められて、その上に櫓らしきものがたてられている最中でした。広さも、かなりのものです。これじゃどのくらいかわからないですね。「ああ〜、な〜ん!けっこう広かとこねー!」と、じい様も驚くくらいみたいな?察してください。とにかく完成が楽しみだなあ。
さて、戦が城の近辺で起きたのだろうと思い、適当に半径1キロ以内を歩いていればお墓やお寺に出くわせるのではないかなー、なんて調べもせずにただ歩いていた私は、やはり事前に計画をね!といってる金融会社のCMの女の子はかわいいだけじゃないな、と気づきました。ところどころで地元の人にお寺はどこですかー?と聞き回ること4回。その度に、「お寺って、この辺は寺はけっこうあるよ。なんて寺?」と聞き返される。「さあ・・・」なんて答えた日には今度は不審の目です。覚えていたことは、六道口という地名のあたりに旧幕府軍戦没者のお墓と、新政府軍戦没者のお墓のある寺があるってこと。でも意地になっていた私は、それを言わずにたどり着きたいという訳の分からないプライドで、なんとか自分の目を曇らせることに成功していました。
六道口。そこは、ぜんぜん城跡から1キロ以内じゃなかった。もしかしたら1キロ以内だったのかもしれないけど、私の迷った道のりは2時間はかかりました。元来持久力のない私は、8月の炎天下に水分もとらずにいたのでクラクラしてきました。そこでちいさな酒屋さんの前にある自動販売機に目がとまり、何かポカリ的なものを探しました。「こういうときは、水分と言っても汗に近いポカリ的水分!」と心に決めてました。でもなかった。お店の中のおかみさんに「ポカリありますか?」ときいたら、外の自販機よりも安い値段でキンキンに冷えたポカリを売ってくださいました。そうだ、この人なら土地にも詳しそうだ。と思い、また「この辺にお寺ありますか?」と聞きました。「お寺は何軒かありますし、戊辰のお墓というところも近くにありますけど、どういうお寺?」と返事がありました。心の中で、「そう!まさにそれですー!」って思いながらも、冷静に、ああ、そこです。と言って場所を聞きました。
なんとそのお店のすぐ横を曲がれば行けたのです。ああ、ここでポカリを求めてよかった。と、おかみさんと偉大なるみえない力に感謝しました。
まず、新政府軍の戦没者のお墓があると思われるお寺がありました。ここまできても入る勇気がなく、お寺の外からお祈りしてみました。そこをすぎると、ありました。「戊辰のお墓」という鳥居と祠と石碑が。いくつも道路が交差する場所の一角に、そっとたてられていました。その当時は新政府軍はお墓をつくられましたが、賊軍といわれた旧幕府軍の方はお墓はつくられることがなかったようです。これができたのは後のちのことで、地元の方がたてられたようです。ここでは手を合わせ、ご冥福と今日の日本の礎を築くためにがんばってくださった感謝をお祈りしました。余談ですが、お祈りしてる間も、後ろでは車がびゅんびゅん走ってます。なんだか本当に昔から使われている要の道なんだなあ、なんて思ったり。
ところどころでずっと浸っていたのは、ここを土方さんが通ったんだーとか、今ではなんてことないただの町の一角だけど、歴史の一舞台だったのだなあ、とか、時代って、何時代とか便宜上は分けていうけど、でも実際は繋がってるんだよなあ、とか。ああ、のどかわいた。とか。