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岩手県 国内旅行業 地理の語呂合わせ
岩手(東北)

「このげどう(夏油温泉げとうおんせん)があ!」
宮沢賢治先生は、花を巻いて(花巻温泉)あしらったつなぎ(繋温泉つなぎおんせん)を着た子供達を四度平手打ち(志度平温泉)を食らわせた。
子供達は「おう!しゅく(おうしゅく温泉)」と泣いたが、賢治先生はちゃぐちゃぐ馬子に乗って6月に(チャグチャグ馬コ/6月開催)去っていった。
その際、「はやくちね!Son of a bich!(早池峰山はやちねさん)」と吐いて捨てた。


# by tochisei | 2008-09-19 18:35 | 国内旅行業務取扱管理者試験

試験対策 国内実務 地理を語呂合わせ
はじめに

先日国内旅行業務取扱管理者の試験を受験しました。
国内地理を勉強するのに語呂合わせを利用したところ、地理に関しては2日前から勉強しはじめたのに1問以外すべてあっていました。
かなり楽しく覚えられた上、なかなか忘れません。語呂合わせはかなりいい勉強法です。

自分がやばいと思う約30都道府県分の語呂合わせを作りました。
ほとんど昔話のようなストーリーですが、よかったら参考にしてください。

ちなみに、旅行業法と、旅行業約款は無難に1ヶ月勉強して、自己採点ではなんとか合格圏でした。法律を読むのはとっても眠かったので、心からほっとしました。
# by tochisei | 2008-09-19 18:21 | 国内旅行業務取扱管理者試験

ホロッホー
ホロッホー
場が読めないハト。想像のひとまわりはでかい。豆鉄砲くらわなくても、豆鉄砲食らったような顔をしている。本人に責任はない。場が読めないせいで、とくに繊細なてれちゅうからは目の敵にされているが、場が読めないのでそれにもきづくことなくてれちゅうにありのままのホロッホーで接している。
# by tochisei | 2007-06-24 01:16 | こまこままんが

アルプスの少女ハイジはあんなブランコに乗らない
最近は邦画ばかりやっていて、なかなかみたい洋画がない。やっとあったと思ってハイジを見にいく。実写板ハイジ。けっこう泣ける。でも日本語吹き替えで、声優にオリエンタルラジオがでていた。藤森のほうはセバスチャン役なのに、あっちゃんの方はヤギの役。
# by tochisei | 2006-10-04 19:44 | 映画

アイルランド留学
アイルランドの第二の都市コークと、音楽やダンスで有名なクレア地方へ留学しました。
11月から行ったのですが、秋や冬のアイルランドははんぱねーです。なにがかというと、毎日朝8時くらいまで薄暗いし、冷たい雨と激しい風が横から殴ってきます。はんぱねーです。でも、それもその国の特徴と思えば、情緒もあるし、空気もいつも澄んでいて心が洗われるようなきもちになります。なんせ雨は、一日に何十回と降ったりやんだり、降ったりやんだりを繰り返しますので、空模様もとても急激にかわります。雲の動きはめっちゃはやいし、虹はきれいだし。
ちなみに、私は英語が話せるようになりたかったのはもちろん、アイルランドの楽器を演奏してみたかったので、コンサルティーナという六角形のボタン式のアコーディオンを買いました。買ったお店の店長マイケルさんが、とてもとてもいい人で、買ったときにコンサルティーナの教室を教えてくれ、予約もとってくれました。さっそくその日の夜から行くことになったのですが、これがどうもややこしい道だし、歩くにはちょっと遠い。で、そのお店のジーナさんという笑顔のかわいい女性の店員さんが、私をそこまで車で連れて行ってくれることになりました。このかたも、全く関係ないのにとても親切な方です。ついてみると、そこは小学校でした。「え〜っ小学校でやるのかー」と半ばビビりだした私ですが、ジーナはニッコリと「お行きなさい」ビームを出すし、これはもう行くしかなかった。案の定、クラスは小学生ばかりでした。しかもけっこううまい!先生は女子高生です。この国は、大人だろうが子どもだろうが、楽器のプロみたいな人がうようよいるみたいでした。先生は、英語も楽器のこともさっぱり分からないこの日本人に、とても丁寧におしえてくれました。ボタンの図解をした用紙を見せてくれて、これが何の音だとか、右手と左手はこうだとか、ほんとうに分かりやすかったです。ただ、やはり英語だと何を言ってるのか半分しかわからない。上に、子どもがなにを話してるのかもわからない。私は疑問でした。「普通、子どもの英語は遅くて分かり易いはずなんだ。なのにこの子どもたちはなんだ。ぷりゅぷりゅりゅ、と言ってるようにきこえるぞ」。そのはずでした。この学校で行われているのは、伝統的アイルランド文化の伝承、みたいなことで、今ではおじいさんしか使えないと言われているゲール語(アイルランドの公用語の一つ。もともとアイルランド人の先祖はケルト人で、ゲール語を話していた)を織り交ぜながら話していたのです。楽譜も、そういえば「左手」「右手」みたいなことがゲール語で書かれていました。自分の語学力の自信喪失から救われた思いでした。もっと言えば、パブのトイレのサインも男、女ってゲール語で書かれていて、たまに色の区別がないトイレだと迷ったりして、たまに間違っておこられました。
なんやかやで初回は終わりましたが、次の週は自力で行かねばならず、かなり憂鬱でした。なんせ方向音痴ですから。で、結局次の週の心配をする前に、事態はおこりました。帰り道で迷ったのです。
# by tochisei | 2006-08-29 15:21 | アイルランド

新選組 戊辰戦争 宇都宮にて
戊辰戦争で戦場となり、炎上した宇都宮城跡と、旧幕府軍の戦死者のお墓にお参りにでかけました。
初めに宇都宮城跡(昔は御本丸なんてみんなよんでいたらしい)にいきました。宇都宮市役所のすぐそばにありました。ちょうど今「よみがえれ!宇都宮城」というフラッグがJR宇都宮駅西口にあるように、宇都宮城はよみがえりの真っ最中でした。100年以上の時を経て、宇都宮にもようやくシンボルとなるお城が帰ってくるわけです。どんなものだろうと期待して歩いていると、予想以上に高いお堀が固められて、その上に櫓らしきものがたてられている最中でした。広さも、かなりのものです。これじゃどのくらいかわからないですね。「ああ〜、な〜ん!けっこう広かとこねー!」と、じい様も驚くくらいみたいな?察してください。とにかく完成が楽しみだなあ。
さて、戦が城の近辺で起きたのだろうと思い、適当に半径1キロ以内を歩いていればお墓やお寺に出くわせるのではないかなー、なんて調べもせずにただ歩いていた私は、やはり事前に計画をね!といってる金融会社のCMの女の子はかわいいだけじゃないな、と気づきました。ところどころで地元の人にお寺はどこですかー?と聞き回ること4回。その度に、「お寺って、この辺は寺はけっこうあるよ。なんて寺?」と聞き返される。「さあ・・・」なんて答えた日には今度は不審の目です。覚えていたことは、六道口という地名のあたりに旧幕府軍戦没者のお墓と、新政府軍戦没者のお墓のある寺があるってこと。でも意地になっていた私は、それを言わずにたどり着きたいという訳の分からないプライドで、なんとか自分の目を曇らせることに成功していました。
六道口。そこは、ぜんぜん城跡から1キロ以内じゃなかった。もしかしたら1キロ以内だったのかもしれないけど、私の迷った道のりは2時間はかかりました。元来持久力のない私は、8月の炎天下に水分もとらずにいたのでクラクラしてきました。そこでちいさな酒屋さんの前にある自動販売機に目がとまり、何かポカリ的なものを探しました。「こういうときは、水分と言っても汗に近いポカリ的水分!」と心に決めてました。でもなかった。お店の中のおかみさんに「ポカリありますか?」ときいたら、外の自販機よりも安い値段でキンキンに冷えたポカリを売ってくださいました。そうだ、この人なら土地にも詳しそうだ。と思い、また「この辺にお寺ありますか?」と聞きました。「お寺は何軒かありますし、戊辰のお墓というところも近くにありますけど、どういうお寺?」と返事がありました。心の中で、「そう!まさにそれですー!」って思いながらも、冷静に、ああ、そこです。と言って場所を聞きました。
なんとそのお店のすぐ横を曲がれば行けたのです。ああ、ここでポカリを求めてよかった。と、おかみさんと偉大なるみえない力に感謝しました。
まず、新政府軍の戦没者のお墓があると思われるお寺がありました。ここまできても入る勇気がなく、お寺の外からお祈りしてみました。そこをすぎると、ありました。「戊辰のお墓」という鳥居と祠と石碑が。いくつも道路が交差する場所の一角に、そっとたてられていました。その当時は新政府軍はお墓をつくられましたが、賊軍といわれた旧幕府軍の方はお墓はつくられることがなかったようです。これができたのは後のちのことで、地元の方がたてられたようです。ここでは手を合わせ、ご冥福と今日の日本の礎を築くためにがんばってくださった感謝をお祈りしました。余談ですが、お祈りしてる間も、後ろでは車がびゅんびゅん走ってます。なんだか本当に昔から使われている要の道なんだなあ、なんて思ったり。
ところどころでずっと浸っていたのは、ここを土方さんが通ったんだーとか、今ではなんてことないただの町の一角だけど、歴史の一舞台だったのだなあ、とか、時代って、何時代とか便宜上は分けていうけど、でも実際は繋がってるんだよなあ、とか。ああ、のどかわいた。とか。
# by tochisei | 2006-08-29 14:35 | 新選組

キャラクター

上はざっぱ〜ん。不穏な空気を読むとそれをぶち壊しにくる平和と波を愛するくじら。
左下は河伯(かっぱく)さま。その昔太宰府へ左遷された没落公家の行列を横切り、その気高さに感銘を受け、高貴さとひねくれた気持ちを忘れまいと心に誓った高貴なかっぱ。
右下はうさぎあめりかん。見た目はほんわかだが豚足大好物の雑食うさぎ。「ふかふか」とか「ふわふわ」とか言った形容をされることをひどく嫌う。リーダーシップはできればとっておきたい。
# by tochisei | 2006-08-29 13:09 | こまこままんが

拝啓 賢治先生

宮沢賢治の直筆
岩手の宮沢賢治生誕の地にいきました。
これは賢治せんせいが書いたものらしい。もともと別の場所にあった別荘を、現在の場所(高校の敷地内)に移築したそうです。学校には、その前に行った博物館の館長さんがとても親切な方で、数キロ離れていた博物館から高校まで車で連れて行ってくださいました。途中、もともとこの別荘のあった場所や宮沢賢治の生家を回ってくださいました(以前はこの高校の先生だったそうです)。この館長さんに限らず、この地域の方の親切さ加減ときたら山のごとしでした。高校の門をくぐったら、とたんに生徒さんが「こんにちはー」ってみんな挨拶してくれるし!色白の女子高生にこんな挨拶をいただくとはおもってもみなかった私たちはほんとに心が洗われるようでした。これも賢治先生のおかげでさぁ。ありがてえ。



家の中。とても雰囲気のあるいい造りでした。行ったときは、生徒さんが掃除中で、でもなぜか古いオルガンを使いながらみんなでそれを囲って歌っていました。なんか趣きのある青春映画の一幕みたいだったなあ。



外観はこんなかんじ。



所変わって大河ドラマ 義経!
義経のオープニングにでてくる白馬がかけめぐる場所は、毛越寺の庭園です。奥州藤原氏が3代で栄華をきわめて造り上げた極楽浄土を模した庭。最終回、白馬になった義経様はここをかけめぐったんでしょうね。ぐすん。感極まってわたしも馬になってみました。



じっさいにテレビに最後にでてくる岩からみた池。



義経様〜!
タッキーです。観光案内所に貼ってあった写真をとらせてもらいました。「義経」が放送されていたこの年、毎年やる義経祭りの義経役は、もちろんタッキーでした。私が泊まったホテルはタッキーが控え室としてつかったそうで、そのホテルの従業員さんはみなさん近場でタッキーの麗しいお顔がみれたそうです。お祭りの前後は、普段の町の人口の27倍の人が集まったそうです。すごいなあ。ほかにも過去には岩手出身の新沼賢治さんがなんどかやっていたそうですが、これほどの観光客はもちろんはじめてだったそうです。この旅がおわるまで、私の頭も口もずーっと義経テーマソングが流れていました。ちゃーっ!!ちゃーらららちゃらららちゃらららららららららららら〜ら〜♪ああ、いい夏でした。
# by tochisei | 2006-08-24 22:15 | 歴史散歩

鎌倉文学館はええとこ

トンネルを抜けるとそこは
抜ける前に、入場券を買ったら、そこには魔女の帽子をかぶったおじさんがひとり。その先のトンネルにはまじょのほうきが。魔女のイベントが開催中でした。



まじょだ!
文学館の前の美しい庭の木陰にまじょのオブジェクトがありました。木からも星やら月やらがぶらさがってました。なんかかわいー。



子どものせーかーいー
文学館をでて横道にいくとこれまたきれいな洋館に出くわしました。でも「中学生以上おことわり」という、子どものための施設でした。あきらめきれずに窓の中をのぞくと、小学生やら中学生やらがきゃっきゃきゃっきゃ言ってました。えーなー。



# by tochisei | 2006-08-24 15:04 | 歴史散歩

あ、馬の足はこうなんだ〜。

杜の都仙台
独眼竜正宗のお膝元にいってきました。
仙台は、どこにいっても伊達家の恩恵をこうむっている都市なんだなあ、と実感させられるくらい、伊達家ゆかりのなんとか、みたいなものがいっぱいありました。あたりまえか。
でも、エジプトのピラミッドでも伊達家でも、やはりその土地のご先祖様ががんばってくれたおかげで今の人たちは観光産業がなりたっているんだから、暴君だろうが無謀だろうが非常識だろうが悲惨だろうが、英傑だろうが良君だろうが、やはり歴史になにか残したもん勝ちって、どこに行っても思います。というか、それにあやかれるんだから昔の人には感謝だなあ。
仙台城
仙台城は、もうお堀くらいしか昔をしのばせるものがなかったのですが、博物館で3Dショート映画に、あの正宗公とその家臣がよみがえってナレーターでいにしえの城の造りを教えてくれる、というものがありました。「おわーっ!正宗公だー!!」みたいな、ね。
なんでもあの戦国時代に、正宗公の築いたこの仙台城以外、天子様をお迎えする間や、
天子様がこられたときの宿泊所まで用意した城はないんだそうな。さすが正宗公!
でも、残念ながら、その間も使われることはなかったし、宿泊所の御門が開かれることもついぞなかったそうです。と、幽霊になった独眼竜とじいやが嘆いておりました。
正宗像
で、有名な馬にまたがった正宗像をみてきたんです。が、あれ?あ、勘違いしてました。
そうだ、馬がひひーんってなってて、馬上の人がいえーいって感じで片手をあげてるのは、ありゃナポレオンでしたね。ちなみに、馬と正宗公の後ろに回ったときに、私と友がきづいたことは、馬はオスなのかーってことでした。


# by tochisei | 2006-08-21 20:40 | 歴史散歩
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まこと

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